AKIちゃん 皮膚筋炎

初めまして。12才の女の子 AKI のママです。今年の1月に皮膚筋炎と診断され現在も入院中です。 

お正月に体調の悪さに近くの総合病院で検査を受け、2週間後に検査結果を聞きました。その時は目の前が真っ白になりました。でも、もしかしたら間違い?って事もあるかと思い、というよりは間違いであってほしいという思いで1月21日に別の総合病院に行きました。 残念ながら、結果は同じでした。cpk (ck)が12000もあり、<基準30-170>即入院でした。確かに自分では立ち上がる事も起き上がる事もできない状態だったのですが・・・・・  

次の日からは、検査検査の毎日でした。 筋生検、筋電図はとても痛い検査なのに、涙をこらえて耐えていたそうです。私のほうが泣いていました。 翌週からパルス療法が始まりました。次の日に胃の痛みがありましたが、薬で治まりました。3日点滴、4日休みまた3日点滴、4日休みを2サイクルし、プレドニン45mgを飲みました。薬が効いたのか体調も大分良くなったのですが、2週間位経った頃からまたcpkが上がってきました。そこで今度は免疫抑制剤のエンドキサンを点滴で入れる事になりました。でも、この薬は効果がでてくるのが遅く、3000まで下がったcpkもまた上がってきたため急きょパルスをする事になりました。症状的には、ベッドに横になって自分で起きたり、椅子から立てたりもできるようになっていたのですが、一時的なものかもしれないので・・・  

点滴が取れた次の日の数値はまた下がっていたのですが、その日の夜中から40度の熱がでて肺炎になってしまいました。鼻水と咳が少しでていたので心配はしていたのですが抵抗力がかなり下がっていました。3日間は熱も下がらず、鼻から酸素を入れました。3月18日は卒業式でした。実はこの日を目標に辛い治療も頑張ってきました。車椅子でなら卒業式にでてもいいと言われていたのです。熱は下がったものの酸素と点滴は取れないので、残念ながら欠席となりました。クラスメイトのお友達も車椅子を押す練習をしてAKIが来るのを楽しみに待っててくれました。クラスの子みんなが作ってくれた千羽鶴、みんなが書いてくれた色紙には「卒業式、待ってるよ。中学校一緒に行こうね。」ってたくさん書かれてありました。毎日それを見ながら頑張ってきたのに本当に悲しかったです。

2週間して点滴も取れ、元気になりました。3月26日からリハビリが始まりました。ポッチャリだった身体も病気のせいで4ヶ月で10キロも落ちてしまいました。でも顔だけは薬の副作用でムーンフェイスでした。筋力をつけるトレーニングが始まりました。     

病院 に来た時には握力も5以下だったので指先のリハビリも一緒に始まりました。ゆっくりだけど、階段の上り降りもできるようになりました。入院して67日経った3月29日に初めて外泊許可がでました。病院の外に出るのも初めてです。卒業式にでられなかったのと、今まで頑張ってきた分の先生からのご褒美でした。突然のお話にビックリ! でもみんな大喜び。 あっという間に時間も過ぎ病院に帰る時間になりました。AKI には、お兄ちゃんと二人の弟がいるのですが一番下の弟は何故また病院に帰るのか納得できないようでした。プレドニンも朝だけ20mgになりました。その後も順調で二度目の外泊もできました。そして、皆と一緒に入学式に出席する事もできました。でも、次の日からは今まで同様病院内にある養護学校に通うのですが・・・ 4月9日に二度目のエンドキサンの点滴をしました。この治療は1ヶ月おきに6回、その後3ヶ月おきに2回しないといけないとか。そして、点滴が取れた次の日にはプレドニンも19mgになりました。毎日、学校から帰るとリハビリに行って宿題をして。私は5時頃病室でAKI の帰りを待つ・・・ そんな生活も早、3ヶ月が過ぎました。病院から家が近いので毎日通う事ができました。  

今迄は、下の子に手がかかってしまい、ゆっくりとAKI との時間を持つ事などありませんでした。今回の事で一緒にいる時間がたくさんできて、ジグソーパズルをしたり、クロスワードパズルをしたり今迄の穴埋めが少しできたかな?っておもいます。体重も3キロ程増えました。この薬は脂肪が付きやすく太ってしまうので、食生活には気を付けるよう先生から聞いていたのでお菓子などは制限していました。もっと食べたいってプンプン怒っていましたけどね。毎週の血液検査では、cpkが上がったり、下がったりでまだまだ安心できません。でも、先生を信じてお任せするしかありません。一日も早く良くなって元気なAKI に戻れる日を願って・・・・
 
(2002.4.24)


AKIちゃんのママ
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