魔術師 ヨウさん 全身性エリテマトーデス・合併症てんかん

 


HN :魔術師 ヨウ
病名:全身性エリテマトーデス、合併症てんかん
病歴:約4年
性別:男性
年齢:29歳

発病は恐らく2002年5月末頃です。

5月末から6月始めに腕や顔面に紅班が出現したのが始まりでした。
とにかく忙しかったので放置していたのですが、だんだんひどくなってきて父親にすぐ行けと言われ病院に行けたのが、7月に入ってからでした。

偶然、市内の駅診療所へ行ったとき、代理の医師が大学付属病院の先生で、倦怠感、紅班に注目、日光に対する質問等から察するに、その時SLEを疑われていたようです。しかし、当時倦怠感なんて、貫徹やら休日出勤から来る仕事の疲れ程度にしか思っておらず、日光がまぶしいか?などという質問は馬鹿にされているのか位にしか思っていませんでした。

この時、医師にすぐ大学病院で検査をした方がいいと勧められたのですが、仕事が詰まっていた為断り、一応ステロイド入りの塗り薬で一時的に紅班が退いたのが不運でした。

8月に入ると、脱毛が激しくなり、関節痛も出始め、髪を手ですくとひどく抜け、また必ず熱が出るようになりましたが、新幹線が毎週の通勤列車の様な状況(月曜に始発の電車に乗って土曜に帰宅)といった感じだったので、どうしようもなくほったらかしに。

9月に紅班が出現、症状もきつくなってきたので、仕方なく診療所へ行くと絶対に検査を受けるように言われ、前回診て頂いた先生宛に紹介状を書いてもらい皮膚生検を実施。

10月、結果を聞きに行くと内科へ行かされ、いきなり入院が言い渡されると、とりあえず出張は無くなりました。

ベッド待ちだったので支店で働いていましたが、熱は下がらず中旬から下旬にかけて会社でスクールの講師をしていたのですが、立っているのも限界で本社の人間と交代。
翌日から自宅療養へ。熱は下がらずある日、ひどい高熱が出て手は麻痺した感覚に。今まで足はなんとも無かったのですが、一日でしもやけの様な赤い腫れが全体に出現し、階段を下りるのに、休憩が必要になり、一度はトイレで視界が悪くなったなと思ったら、いきなり見えなくなった時は焦りました。

結局ベッドが空いたのが10月末で、11月1日入院。
腎生検の後ステロイド50mgか60mgでもめていましたが50がいいと言ったらそれからスタート。
順調にステロイドは減量して行き、幸い入院は二ヶ月半程度ですみ退院。

しかし、退院して二週間後、いきなりてんかん発作が起きました。
全然覚えていないのですが、いきなり倒れて凄いうめきと痙攣を起こしていたとか。即日病院へ行きCT、MRI、脳波測定色々行ったのですが、結局原因不明。

退院後二ヶ月ほどして社会復帰しましたが、だんだん残業が多くなり夏頃から免疫抑制剤(イムランからエンドキサンへ)追加。それとは関係なく、午前様帰宅も多くなり翌年初め駐輪場から帰宅が遅いという理由で追い出される羽目に。

退院翌年の夏頃から大てんかんが多発するように(大体一月一回くらいのペース)。退院した年は年に二回くらいでしたが。
会社でのてんかんは二回。危なかったのは三回位です。唐突なので気を付けようがありません。他は家の中です。

危なかった場合のは、一度は家の中ですが風呂場。主治医から駅のホームと、湯船の中だと溺れる可能性もあるから注意するように言われていたのですが、前触れがない為どうしようもありません。この時は体を洗っている最中なので助かりました。

他では外ですが自転車走行中。道端で転がっていたらしく、偶然近くを通りかかったドライバーの方に介抱されていました。車が走ってなくてよかったです。

最後は社内になりますが、部屋で整理をしていた時。技術部の部屋で誰もいなかったのでばれなかったと言う点では助かりました。
もっとも目撃者がいないので起こったかよくわかりませんが、カッターを使っていて右のまぶたを切っていました。目ではなくて本当に良かったです。作業着が血みどろでその後の言い訳に疲れました。翌日まぶたがひどく腫れ総合病院へ。

社内では二回ですが、会社のもう一回が不運でした。退院翌年の8月ですが丁度支店会議の日で本社の重役連中が来ている時、昼食時発作が起きて救急車で運ばれ、社長やら技術本部長に目撃されたことです。うめきやら硬直痙攣がひどかったようで気がつくと病院で点滴を受けていました。
大体てんかんが起こると頭がぼけるのか状況把握に時間がかかり(うまくは言えないのですが何故点滴を受けているのか、どこなのかわからない状況になり、時間経過に伴い頭がはっきりしてきて整理がつくという感じです)帰る頃にやってしまったことに気づきました。

本部長に何と言われたのか知りませんが(怒られでもしたのでしょうけど)、翌日すぐに本社から電話がかかってきて残業付けないから定時で帰れと一方的に通告されました。
もちろん帰れるはずもなくそれ以降は、見積もりをしながらプログラム関係の電話番でもしていろという状態に。
ただのクレーム処理で、定時が来ると電話が少なくなるのでそこから自分の仕事。
支店にプログラム関係の受付は自分一人なのでどうしようもありません。もちろん通告どうり残業はつきませんでしたが。

その年の年末から翌年の年始は高熱が良く出て、タクシーで総合病院に行ったり救急車で運ばれたり。2月頃もひどかったのでここぞとばかりに残業の代わりにフレックスを使いまくりました。

私の被害妄想が激しいだけかもしれませんが、嫌がらせか新しい制御装置に触らせてもらえず、従来のも触らせてもらえないので、徐々にクレーム対応が遅れ気味になっていき、即答しかねユーザーから怒鳴られる日々が続きました。
本社もフォローしてくれない為、言い訳に過ぎませんが自主退職という形で昨年9月末に退職しました。

現在専門学校に通い、薬は色々と25錠5袋ほど飲んでいますが抗てんかん薬や睡眠薬関連等が多いだけで、ステロイドは9mgのみと安定しています。

最近、手に紅班が出現したままだったり、不眠がひどかったりするせいか、てんかんによる脳外科の他に皮膚科、不眠外来も受けるように現在主治医の方から勧められています。
あと何故か時折手が震えています。

皆様方は、就職どうなされているか御教授頂ければ幸いです。

宜しくお願い致します。



魔術師 ヨウ
http://www.geocities.jp/moz_req_lacrimosa/

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2006/04/25


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