としさん 封入体筋炎

 

氏名 としさん
年齢 48歳
性別 男性
病歴 10年
病名 封入体筋炎
家族 妻・子供・2名 ペット・いろいろ

 私が一番最初に体の異常に気がついたのは、平成7年の頃、会社の防災訓練で地下トンネルの再深部から非常階段で地上まで上った時、約200名程が参加した訓練で私がいた位 置は先頭に近いところ、いざ訓練が始まって階段を上り始めて気がついたら手すりにつかまっていた。それに荒い息、その時はデスクワークばっかりだから、体力が落ちたなぁって感じだった。

  それからが大変だった。はるか上の方から地上の明かりが射していたけど、しんどかった。地上に出た時はフラフラ状態で、貧血で倒れるってのはこんな状態なのかなぁなんて考えてた。正気に戻って周りを見たら、みんな整列してどっかの消防署のえらい人の話を聞いていた。これはいかんと思い鉛のように重い足を引きずるようにして列に加わった。

 そしたら、なんと非情なことに話は終了し、今度は近くの公園まで移動し掃除のボランテアだって。あチャー、その後はどうやって会社に戻ったか今でも思い出せない。その後はあまり自覚症状がなく、仕事が変わり外に出る機会が多くなった平成10年頃、駅の階段を上る時無意識に手すりをつかむ様になった。この頃は上司の誘いで酒を飲む事も多くなった時期でもあった。酒の量 も半端ではなく20時頃仕事が終わってから終電まで、それが週に5日、ほとんど毎日だよね。その後整形外科を転々としたがいずれも運動不足による筋力の低下という診断だった。

 こんな生活を続けていたその年のある日、以前から妻は私の異常に気が付いていたようだ。ある時妻に「他の職場に筋ジストロフィーの人がいて、他の人が大変らしいよ」って話した時、一瞬妻の顔が曇ったのを今でも覚えてる。

 妻はさっそく次の日、職場(病院関係)で医師にそのことを話したら、「それは大きな病気の前ぶれかもしれないからすぐに大きな病院の神経内科を受診するように」って言われたそうだ。 妻にその話を聞いた私は、神経内科って聞いて、「えっ俺って精神がおかしいんだ」って思った。

 さっそく神経内科を受診し、偉そうなおじいちゃん先生がろいろい問診した後、おもむろにハンマーのようなものを取り出して体のあちこちをたたいた後、「おたく、かなり悪いね」って言ったあと、「うちの大学病院で検査してみましょう」っていう話になり、数日後、大学病院で検査、さらに数ヶ月後に検査入院、2週間にわたり筋電図やら筋生検、MRIの検査を受け付いた病名が封入体筋炎。話によるとステロイドや免疫抑制剤があまり利かないダイプの筋炎らしいって事がわかった。その時はまだそんなに体が不自由ではなかったため「へぇー」って感じで聞いていた。だけど妻は泣きそうな顔で先生に質問していた。私はただ、だんだんと筋力が弱くなると聞いて「そりゃ大変だ 会社に行けなくなる」ってんで先生に「後どのくらいで歩けなくなるんですか」って聞いていた。その後平成12年にγグロブリンの点滴、平成13年にも以前の入院で少し数値がよくなったということで再度γグロブリンの点滴のため入院した。

 そのうち、だんだん階段の上りが不自由になり、手すりで体を引き上げる状態になり、下りも危ない状態になったため平成14年に入院、最後の頼みのステロイドパルスを行うも効果 なし。退院の時にはおまけが付き、とうとう杖歩行になってしまった。退院後身体障害者の申請を行い晴れて3級を取得してしまった。会社には現在自家用車で通 勤している。

 仕事も変わり、以前の作業に戻っている。しかし、24時間の夜勤ためストレスが大きく、深徹になることもしばしば、だけど椅子に座っての仕事のため、どうにかしのいでいる状態です。

 こんな体でも仕事があるだけ幸せだと思いがんばっています。

 現在は長男が大学1年生で長女が高校2年生です。

 外に出ることが減ってしまい、人と接する機会も減ってしまって少し落ち込みがちです。でも車が好きでよくドライブに出かけます。沈み込みがちな毎日をなんとか上向きにしたいと考えています。

 いろいろな人と話がしたいなぁ なんて考えています。よろしかったら話相手になっていただけませんか。

 最後まで話を聞いていただきましてありがとうございました。
 
 よろしくお願いします。


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2005/08/26


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