梅さん 混合性結合組織病

 

名前 梅
病名 混合性結合組織病
病歴 3年
性別 女 
年齢 50歳

 都内に勤める事務員です。事務といっても、当時の仕事は、ちょっと古いけどテレビドラマの「ショム2」をひとりでやっている感じで、事務所内の管理、外向けへの広報・イベントなんでも屋でした。

【2002年春〜】
 さて、仕事では、2002年3月30日、その前年の秋から取り組んでいた一大事業が終わり、一方、我が家では、4月1日次女の大学の入学式がおわり、ほっとしたとき、体の力が抜けました。文字通り抜けてしまって、「タオルを絞るのに力が入らない」から始まり、春休みで大掃除しようと思っても、本棚を動かせない、雑巾も絞れない、朝ブラシを持つ手は頭の上に届かない、出勤してもドアのノブは回せない、職場では、ファイルをつかんでキャビネットから取り出せない、呼ばれて振り向こうにも首だけ回せない、帰宅して夕食の仕度では、フライパンは持ち上がらない、・・・・そして、とうとう、朝、目を覚ましても体を動かせない!!「どうやって起き上がるか」と思案するのが、毎日の一番初めの課題になってしまいました。

 

2〜3月

 

首、指、が硬くなった感じがする
(でも、3月には、スキーにも行ったし、職場の避難訓練ではしっかり ロープを握りわが身を支えていたのだ)

3月下旬

布巾、タオルなど絞りにくい。

4月8日

手の甲腫れる

4月11日

整形外科へ行く。手の甲の腫れについて、特に心配要らないとのこと。
手のしびれは、血流が悪いのでしょうといわれる

4月13日

朝の食事までは 正座ができていた。
しかし、職場の和式トイレでしゃがもうとしたら、痛いのとこわばるのとで、しゃがめない。

4月14日

節々が痛く、朝、起きられない。だるく、寝たり起きたりの日。

4月16日

肩に触ると、ひりひり痛い。
この後   朝、簡単には起き上がれない。
起きた後、手を上げるのが大変、痛いのと、どう力をいれるのかがわ からない。
正座はできないが、横座りはできる、立ち上がるのもなんとかなる。

4月26日

ひざの痛み。手のむくみ、手のこわばり、肩の痛みのことで、再び整形外科へ。
リウマチかということで、検査。
炎症止め、胃薬、血流をよくする薬をもらう。
薬をのむ。  
朝の肩の動き、楽になる。

5月の連休のころ

歩くのがつらく、手の指はパンパンにはれ、傍からみても異常事態になっていました。
そんな状態なのに、「明日は治るさ」と毎日を過ごしていました。
微熱が続いても 寒気はなく、午前中は異常事態でも、午後にはなんとか普通の体調に戻る。病院に行っても解決しないし・・・。

5月3・4日

手が浮腫む。足の甲も少し浮腫んでいる感じ。
寒気のする日が多く、気候のせいだと思っていたが、熱をはかると 37℃ある。

5月7日

朝の体温、38.7℃ 気持ちも悪く、一日休む。よく眠った。
この頃【朝、38℃台 夕方 37℃台 37.3℃〜38.6℃】 仕事にはでている。
肩が痛くて、朝、目が覚めることがある。
朝、起きてしまえば、歩きは遅いが、普通に仕事。
畳に腰を下ろすとき、立ち上がるとき苦労する。

5月10日

 

整形外科へ。先日の検査では、血沈からみて炎症が起きていることはみられるが、 他は、特によみとれるものは無かったらしい。膝の水も、尿も異常なしとのこと。
因子もマイナスで、膝関節の変形もないこと等、リウマチとは断定し ない。
膝が痛くよろよろ歩いていること、熱のこと、つらいと話すと、薬で乗り切ってみますか、ということで、ステロイド剤をいただく。しかし、これは、状況がよくわからず、服用する気になれず。

《入院》
 何が何だか分からず不安の日々。インターネットでいろいろ調べ、やはりリウマチか、もしかしたら膠原病かと思い、リウマチ・膠原病科のある病院へ行ってみまし た。そうしたら、その病院の医師に「そんな状態なら仕事休みなさい」と言われ、 ベッドが空くのを待ち、入院。そして、検査の結果、めでたく混合性結合組織病と判 定をうけ、プレドニン20mg を飲むことになりました。
 自分の体が理解できない状態のとき、病名が判ったら、目出度くはないけれど、ほんとにほっとしたのでした。それに、休んだほうがいいよと医師に言われたとき、その医師が神様に思えたほど。
日に日に動かすのがつらくなったのですが、じーっとしていたら、ますます動かなく なるような不安があって、休まないよう無理に動いていました。けれど、もう休んで 寝ていてよいのです。 

5月中旬

10日間入院 その後自宅療養

6月中旬

出勤

 
 
《プレドニン》 
 入院中、検査の結果と膠原病のこと、そして薬について、わたしからの質問も含め、かなりの時間をかけ医師は説明してくれました。そして、初めてのプレドニン20mgを飲んで就寝。明けて、翌朝びっくり、肩は痛くない、手はあがる、あーびっくり。感謝、廊下を駆回りたいほどでした。
 退院後、自宅療養し、約一月休み、出勤しました。
 その後は、4週間に一度の外来への通院。20mgで始まったプレドニンは、年内に14mgになりました。日常の手のこわばりや膝の重さなどはありましたが、まあ、2002年の年末までは、るんるんで仕事していました。(CRP 入院時1.81 退院時0.43 年末0.25)

服用の薬

 

プレドニン 20mg(朝10mg+夕10mg) →年内14mg(10+4)

ユベラニコチネート

ムコスタ

《レイノー現象のこと》
 思い起こせば、これより二年前の冬あたりから、寒い日は、指先が白くなることがあり、暖かくなるとなおっていたが、この春(2002年)は、暖かいときは、ジンジンしびれた感じがするようになった。けれど、このことを職場の健康診断で言っても、そろそろそういう年齢でしょうとしか言われなかった(更年期のことね)。養命酒などの能書を読んでも、手足の冷えとはよく症状に書かれている。後になって膠原病の本を読むと、レイノーやソーセージ様は膠原病の特徴と当たり前のように書いてあるけれど、専門外には全く通 じないのでした。

【2003年1月〜】
 年はじめ、プレドニン13mgにしたのと、寒い外で仕事をしたのが重なった為か、寒くて、だるくて、体の痛い硬い日がつづきました。今、思えばどうしてこのとき、休まなかったのかと思うのですが、だるいのは、病気だからしょうがない、ゆっくり行動しようなんて、仕事していました。前年のような一大イベントはないものの、通 常の忙しい年度末を迎えつつあったのです。
 年度末はどうしても休めず、通勤していましたが、駅から勤め先まで10分の道のりをあるくのが、遅いこと遅いこと。風邪予防でマスクをしていましたが、足が痛くて、マスクに涙を吸い込ませながら歩いていました。
 休みの日は、ひたすら眠るばかり。ある日、昼間も昏々と眠るわたしをみて、夫が「おかしい、変だぞ」と言う。で、新年度の準備を終え、3月初め再び入院。プレドニンを15mgに戻し、痛み止めのロキソニンが追加となりました。自宅療養を含め、ほぼ1ケ月休み、4月初めより出勤。
 現金なもので、体が動くようになったら、さっさと出勤し、先生に注意されました。CRPは0.45なのでもう少し、大人しくしないといけません。

【2004年】
 なんとか、冬を無事に乗り越え、まあまあかなという気もしますが、CRPが下がらず、1.8あたりから、下がったり上がったりしながら、2.11へ。プレドニンも14mgのまま。途中、リウマチもあるかも、「この病気は、境がはっきりしないからね」ということで、リマチルを試しましたが、発疹が起きて、中断。

【2005年の今】
 下がることをしないCRPは、5.55まで上がってしまいました。所内異動があって、黙々と机に向かう日々なのですが、だるい毎日。指は太いし、膝は重いし、2日も勤めると、もう、だるくて、痛くて、硬くて休みたい状態。しーどさんが、時々「全身打撲傷」って表現するけど、まさに、そんな感じ。寝ていても痛いの。寝返りも打てないときは、ほんとにどうすりゃいいのか?って感じ。休日は、本をよんだり、ラジオを聴いたり、ひたすらじっとしています。
 5月初めより、免疫抑制剤のブレディニンを追加。果たして効果はいかに? 今は効くのを待っているところです。50歳にもなったし、仕事をどうするかも、考えているところです。

現在服用の薬

 

プレドニン14mg(朝10mg+4mg)

ロキソニン

ユベラニコチネート

ムコスタ

ブレディニン75mg(朝・昼・夕 各25mg)

2005/06/29

メールはこちら


戻る