梅さん 混合性結合組織病

 

■名前 ucchi
■病名 多発性筋炎 間質性肺炎(軽度) 頚椎後継靭帯骨化症 胃腺腫(レベル3).......etc
■病歴 7年 (発病 1998(平成10年)6月5日 )
■性別 男
■年齢 56歳

「経過」
 49歳の5月の連休明けより両足が筋肉痛となった。連休に京都嵐山へ家族でサイクリングをした事が頭にありそのせいかな?と特に気にも止めず、むしろ運動不足について会社の同僚と冗談で通 勤は徒歩で通わなくてはとか、水泳クラブへ入会し運動不足を解消しようとか、そっちの方への話題が中心であった。

 しかし、通常であれば2〜3日間で解消される筋肉痛はひどくなる一方であると同時に1週間後?位 から腕の方が同じく筋肉痛(久しぶりにキャッチボールをして翌日に腕とか肩とか痛くなるのと同様な痛み)となり、そのうち全身の筋肉痛へと発展していった。入院前の2〜3週間ごろから出勤も電車ではなんとなく辛くなり、そのころからタクシーで通 勤するようになったが、まさか病気とは思わずむしろ会社で仕事をした方が痛さを感じないと同時に椅子での仕事のため体を動かし良く病院へ行く気はまったくなく、そのうち回復するだろうと思って我慢しながら出社していた。

 5月25日の週に入ると全身のみならず指・ひじ・膝等の関節が痛くなり日常生活にかなり支障をきたしてきた。(熱は測っていないが今思えばかなりあったのでは?)それは風呂、起床時の起きあがり、階段、タクシー乗り降りなどで、特に朝起きたときの体の固まりようはひどくかなりの苦痛が伴い一人でもあったことから不安と共に苦労した。

 5月28日まで頑張ったが限界!!(動けない)29日についに電話までやっとたどり着き部下に健康管理所まで連れて行ってもらい検査。結果 は電話連絡するとのことで帰宅し、月曜からこの状況下で出勤したがまさに地獄の1週間であった。でも単身寮でたたみに座ってしまうと立てなくなるのでむしろ会社の椅子の方がらくであったのと社員が誰か居る為、出勤したのが事実である。

 6月2日に健康管理所の先生より来るように言われその場で膠原病 の疑いがあるとの診察であった。結果的に大学病院へ紹介状を持って受診したが同様の見立てでなんと即入院を指示されベッドの関係で6月5日闘病生活が始まる事と相成った。

<発病時の数値>
*CPK:12000 (こんな数値初めてだといわれた)
*LDH:1601 
*AST(GOT):590 
*ALT(GPT):270 で一般的には考えられない数値で先生は良く生きてたな〜との事
*発熱:約40度

 入院後直ちにパルス療法開始→ステロイドは怖い薬だと思ったのは、わずかの時間で痛み改善・発熱正常と相成った。数値はCPK 9600をはじめ少しではあるが下がってきた。10日後には1800までになった。一安心である?4日後に病名確定のため筋生検実施で多発性筋炎が宣告された。それからステロイド60mgから開始で長い入院生活が始まった。

<再発2回>
 発病より1年後・4年後で再発!無理すると駄目みたいです。

<現在>
 筋力低下と副産物?の骨化症で神経を痛めそのせいで仕事ができなくなり現在休職中です。ここで情報ですが頚椎手術を決めましたが、多発性筋炎のような筋疾患では全身麻酔のときまれに悪性高熱と言う合併症を起こすそうです。起きると死亡率が高く現在でも30%くらいだそうでICUと麻酔医のスタッフが揃ったところでないと駄 目と言われ痛みを我慢しながらの生活を余儀なくされています。ガンとかなったらどうしょうと結構不安ですが研究が進められているそうでそれに期待してます。

 無理をしないのと、通院を欠かさない事で事前に前触れがありますので再発は防げるように7年経ってできるようになり怖い病気ではない事を言いたいと思います。

 これからも無理せず戦ってゆきたいと思います。

2005/07/01

メールはこちら


戻る