momoさん 膠原病の疑い 


病歴=2年
性別= 女性
年齢=31歳

「膠原病の疑いがある。」と言われてから、かれこれ2年になります。 きっかけは、微熱が続いた事です。体のだるさから、ふと思い、熱を測ったら3 7℃ちょっとありました。風邪の症状もないし、でも、気になって毎日測 りました。毎日、37℃ちょっとありました。測り始めて半月位経ったころ、 まだ微熱は続いていて、だけど、体温計が悪い?測り方が悪い?これが私の 平熱?なんて考えたり。しかし、もともと平熱が低い(36℃あるかないか 位)方なので、やっぱり変!と思って病院へ。

最初に行った病院では、 「なんだかよく解らない。様子みて。」で終わりました。納得いかなくて、別 の 病院へ。そこで、いろいろ検査をした結果、抗核抗体の数値が異常に高い事 がわかりました。握力も低下していましたし、指先に血の気がなくなったり、 関節が痛んだり、ただの冷えだと思っていたのが、レイノー現象 だということもわかりました。薬が出ました。ユベラN、プレタール錠、 ロキソニン、ムコスタ錠、温湿布。でも、病名はないんです。

当時、私は、飲食店の店長をしていました。楽しい仕事でした。でも、かなり ハードでした。毎日12時間働き、休みは月に5日あるかないか。女の子 ばかりの職場で、いろいろ大変でした。でもそれなりの評価を得られていたので 満足していました。そこに「膠原病の疑い」です。

私は膠原病を知 りませんでした。母に話したら顔が曇りました。「それって、難病なの よ」って。病院の先生からは何の説明もなかったのでびっくりしました。すぐ、 膠原病についての本を買い読みました。でも、私には病名がありません。 だから、難病の指定もありません。これがいい事なのか、何 なのかもわかりません。でも、2ヶ月ごとに血液検査、尿検査を受けて薬を処方 されています。そこで私は自分で予備軍という認識をあてはめました。ここに何 か加わったら発病するかもしれない状態。発病という言葉 があてはまるのかわからないんですけど。

いろいろ考えました。で、仕事を辞 めました。もっと自分の体のこと観察しながらのんびり生きようと思って。 でも、仕事を辞めるのは怖かったなぁ。辞めてのんびりしたからって治る確証 はないし、元気になったとして、次、働く場合、年齢の事もあるし。だけど、 ちょっと疲れると熱が上がるような体で続けられる仕事ではなかった。で、決 めたの。新しい私の始まり! 今までとれなかった連休。無職の私は旅行へ行きました。北は青森から南は 沖縄まで。体は疲れましたが、心はかなり癒されました。そして、ヨガを始 めました。自分の体の事がもっと知りたいし、なにより、免疫力が上 がるのだそうです。病院の検査じゃわからないあの「だるさ」や背中の痛 みがどこからきているのかがわかるのです!感激 でした。

仕事を辞めて一年、薬の効果、ヨガの効果もあって、自分の体に自信 がつきました。相変わらず、抗核抗体の数値は高いし、むくみもありますが、 だるさが消えて、熱も出さなくなりました。そこで、社会復帰の第一段、短い 時間のバイトを始めました。

始めて1ヶ月、右耳が聞こえづらくなりました。 とりあえず、耳鼻科に行きました。膠原病の疑いがある事を話したところ、 これも症状の一つだと言われました。ステロイドが効くけど、いま処方 されてないなら今かかっている膠原病の先生に相談してみてと。

ショック でした。すぐ、かかりつけの先生に話をしたところ、「関係ないよ」と。 ステロイドの処方もありませんでした。私の中に大きな「?」が残りました。 が、しばらくして、聴力が戻ったので「?」も薄れていきました。

ところが、 この年末、右耳の聴力がほとんど無い状態になってしまいました。どっちに行 くか迷って、耳鼻科へ行きました。かかりつけの先生に話したら「関係無い」 と言われたと話したら、「それはその先生が知らないだけだ」と。その日、 プレドニゾロンが処方され、2週間飲んで、今、聴力は殆ど回復しました。

今回 のことで、今まで通っていた病院の先生に対して不安を感じました。専門医 でも知らない事ってあるのでしょうか?耳鼻科の先生に相談したら、同じ病院の 膠原病の先生に診察の依頼をしてくれました。また、検査のやり直しです。 でも、ちゃんと理解したい。納得しながら治療を受けたい。だから苦 じゃないです。来週、行って来ま〜す。

2004/01/23

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