あひるさん お父様が間質性肺炎

 

こんにちは、はじめまして。
25歳の主婦です。何度もこのHPで励まされてきましたが、今回は私の父の話をさせていただきます。

62歳だった父は昨年2月、突然倒れ「間質性肺炎」と診断されました。病気とはまるで無縁の父でしたのではっきりいって家族みんな「肺炎ねぇ〜」くらいの軽い気持ちでいました。無論、当の本人は「肺炎なんてすぐ治る!」と本気で思っていました。(ちなみにこのときの父の酸素値は78くらいでした。)

3月に入り3日間連続のステロイド剤の点滴が始まると、徐々に変化が出てきました。まず、食べ物の味が変わり、なにを食しても「味がない」。

5月・・・筋肉が落ち、今まで軽く持てていたものがしんどくなる。

6月・・・とにかく足がむくみ、利尿剤を飲んで解消。

7月・・・長時間歩くのが困難になり、時には杖を使うようになる。

8月・9月・・・容態が安定し、仕事も普通にこなす。

10月・・・急に「病院に行きたい」・・・と自ら病院へ。(←父は何があっても自分から病院に行くと言ったことがなかったので、正直驚きました)

病院に到着後の酸素値は49・・・・・・病院関係者が驚いたようです。酸素吸入を行えば95くらいまで行くのですが、外すと80〜85まで下がってしまうので翌日から在宅酸素療法がSTARTしました。 このとき本人は「楽だ〜、楽だ〜。」といっていました。

11月・・・服用していた薬の影響により膀胱炎に・・・。菌によるものではないので「我慢」するよう言われたものの、あの人並みはずれた我慢強い父でさえ震え上がるほどの痛みだったようです。痛みで寝ることができず常に睡眠不足でイライラしていました。そして、入院。

12月上旬・・・仕事のことがあるので8時〜17時まで外出届けを出し、痛み止めの坐薬、膀胱炎による尿漏れ防止の尿取りパッドを使用し仕事をする。(自営業なので会社にも在宅酸素療法用の機械を設置してありました。)

12月中旬・・・退院。そして、1週間後再入院。身内の不幸があり父自身大きなショックを受けたようでこのころから日に日に痩せ、病状も悪化。ついには余命宣告・・・・。3月くらいを念頭に・・・と。 翌日、医師からは「年内いっぱいもありえます」と宣告を受ける。

12月下旬・・・新薬をしようすることで、年内いっぱいと言われたのが嘘のように元気になり、正月にはふぐ食おう!なんて言って笑っていました。そして、退院。

・・・・・・・・それから3日後の大晦日・・・・父は大好きな我が家で眠るように天国へ逝きました。63歳でした。

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このHPを見ている方にとって、「死」は絶対に考えたくないことであると私自身十分理解しているつもりです。そして、父の話はそういった皆さんの意思にそぐわない事も承知の上です。しかし、私の体験記ということであえて書かせていただきました。 皆さん、生きてください。 病気と闘ってください、そして勝ってください。

あひる


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